ヒト種におけるオキシトシンの役割と婚姻形態(2023.7.2)

■MDMA(Methylenedioxymethamphetamine)とオキシトシン(Oxytocin)の類似点
両者とも社会的関係の促進を勧め、安心感を高め、他者との絆を強化する。
オキシトシンとMDMAの作用の共通点を強調している論文は下記。

Danforth, A. L.; Struble, C. M. (2016). “MDMA-assisted therapy: A new treatment model for social anxiety in autistic adults”. Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry 64: 237–249.

■上の図の中で、(欲望の)欠如の不在=精神病とありますが、ここは「精神病+悟(さとり)」としておいた方が良いかも知れません。私が「悟」を入れなかったのは、私には悟りの経験もなくイメージも湧かなかったからです。今でもその点は同じですが、図そのものは見て下さる人のために描くものなので、いずれ悟を付け加えるつもりです。

■オキシトシンやセロトニンはハッピー物質と呼ばれます。特にオキシトシンは性交時のオーガズムの時に脳内(下垂体後葉)から放出され、血管内壁を収縮されます。男性の場合、いわゆる「クライマックス」において、精管内壁を収縮させることで射精に導き、女性の場合、子宮内壁や膣内膜を収縮させることで男根からの射精を促します。オキシトシンの内壁収縮作用が医療目的として注目されたのは、当初産科における胎児の滞留対策としてでした。オキシトシン(薬物としてはアトニン-O 5ml,点滴静注)は鎮痛、抗不安作用と共に強い子宮収縮を促すことで、胎児の産出に役立つことが認められています。

■ヒト種は性愛的快楽に駆動(くどう)されて生きています。このことは動物において極めて希なことなのであって、全動物のうち性交時にオキシトシン放出などの快楽物質放出が確認されるのは、Ape(エイプ、類人猿)類の2種、ヒトとボノボだけです。他のApe(テナガザル、オランウータン、ゴリラ、コモン・チンパンジー)では、性交時にオキシトシン放出は確認されていない。要するに、ヒト、ボノボを除けば、生殖行為は種の維持のために不可避ではあるが、快楽ではない。従って、交渉は極めて短期間に終わります。長期に性行為して捕食者の手に落ちることを望む個体はないのです。

■ヒトとボノボを比較すると、人では発情現象が隠されるという特徴があります。ヒトは好色であること、排卵期にあること、発情していることの全てを徹底的に隠し、そのタブーに従わない個体は、ヒト集団から徹底的に駆逐されたと考えられます。その痕跡が我々に共通して存在する恥の感覚なのでしょう。
ヒトはまた、男女、男―男、女―女、成人ー子どもの性関係を徹底的に隠しました。その結果、子どもは大人、特に親たち(父-母)の性行動を見たり、聞いたりしても、それを否認(あるものを無いことにするという無意識下の行為)するようになりました。
ボノボの性行動がヒトのそれとは異なって明らさまであることは、ここでは詳しく述べません。(知りたい人はウィキペディア参照)

上記のことと、ヒトにおける他集団(1単位150人前後〈ダンバー数、Robin Dumber参照〉とされている)との交流の仕方には密接な関係があります。ヒトではしばしば他集団を「戦争」によってせん滅する傾向があり、それを避けようとすれば、自らの集団内の娘を他集団に「嫁」として贈与し、他部族からその集団の娘を「嫁」として贈与されるという「贈与のルール」が成されなければならない。この際、近親姦を避けるために集団Aには娘を捧げ、集団Bから嫁をもダウという関係ができれば、これが『親族の基本構造』であることを暴いた(発見した)のがクロード・レヴィ・ストロース(『親族の基本構造』,福井和美訳,青弓社,2000年)です。

ボノボでは「戦争」はあり得ない。2つの集団(数十頭)が出会えば、その瞬間には森林に叫声が飛び交うが、やがて集団から数頭の成熟雌が現れて、性交の悦びに誘い、それが緊張を解くきっかけを作ると、その場の樹々、枝々で、老、成、幼を問わずの大性交パーティが展開され、それによって戦争は回避されます。
それにもかかわらず、繁殖に成功しているのはヒト種の方で、その数は地上70億を越え80億に達しそうな勢いです。他方ボノボは、生体数20~25万、絶滅危惧種です。

■元来ヒトは、乱婚制の集団を持っていたと説明するのはクリストファー・ライアンたち(『性の進化論―女性の女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?』山本規雄訳,作品社,2014年)です。確かにApe(エイプ,類人猿)類のうちテナガザルのような単婚制の種の場合、種全体が決して一夫一妻制からはずれることがない。
つまり、それが主の定型なのです。オランウータンになると、雌雄の体重費1対1で、それぞれ独自の生活圏(森林)があり、生殖は雄が雌の生活圏に侵入し、雌をレイプすることによってしか成立しない、という凄惨なものになります。

ゴリラの雌雄体重比は1対2で、数頭の雌は雄のハーレムで暮らすのですが、雄の生殖行為は年に数回程度と極めて少なく、ゴリラの雄の男根はヒトの4分の1前後で、睾丸は雄の股間に収納されています。出産した雌は半年間の授乳を終えるとハーレムを去り、別の雄のもとへ移る。コモン・チンパンジーの雌雄体重費は1対1で乱婚。ボノボ(ピグミー・チンパンジー)も雌雄体重費は1対1で乱婚です。チンパンジー類の雄は攻撃的でコモン・チンパンジーでは常時雄が雌をいじめていて、発情期にはそのいじめの対象とまず交尾します。ボノボでは、雌集団がレズ関係を絆として数個体で1個体の雄に立ち向かうので、雄特有の攻撃性が抑止できています。
ヒトの場合、雌雄体重費は1対1.4で、ゴリラとチンパンジーの中間にあたります。そして、一見テナガザルの単婚制のように見えるのですが、雄(つまり男)たちも雌(女)たちも単婚制を維持するのが苦しそうです。
ヒトの染色体は98%以上がチンパンジーのものと一致していて、700~600万年前に共通する祖先から分かれたと推定されています。因みにコモン・チンパンジーからボノボが派生したのは、300~200万年前ということだから、ヒトとボノボは好色傾向は同じだが、染色体的にはチンパンジーより距離があるのではないでしょうか(未確認)。

■一盗二婢(人妻を盗む性交が一番楽しい、二番目に楽しいのは女中に手を出すことだ)という言葉があります。中華文化圏に蔓延した言葉と思われるので、日本人だけの考えではないし、おそらく西欧や中東、つまりユーラシア圏でも同じではないかと思います。つまり、ヒトは乱婚が自然体であり、単婚制度の成立は何らかの必要から生じたものではないかと疑われます。

おそらく6~3万年前、現代のヒトの脳に極めて近くなった頃のヒト種(「認知革命(認知流動性の獲得)」,ミズン,S.『心の先史時代』松浦・牧野訳,P252-255,青土社,1998)は、狩猟採集生活を送っていました。狩猟採集集団は移動しなければならないが、その中で生まれたヒト種の新生児は成長が遅く、4年程絶たないと歩けなかった。それまでは背負うか持ち運ぶしかなかったので、成人たちには負担が大き過ぎる。こうした環境の中で、一人の男が女性たちのハーレム集団を率いたり、子を産んだ女とは違うペアを組み替えるのは困難だったのではないでしょうか。

たぶん大方の人々は子を産ませた女との単婚生活を否応なく続けざるを得なかったのでしょう。でもなお、乱婚を求めたことは、男女とも人々の性(さが)だったと思われます。現在でも石器時代の生きる人々の間に見られる組織化した乱婚パーティは農耕社会に移る頃(1万3千年前)成立したものの残遺であるように思われます(未確認)。

以上、2023年7月2日の講義の3分の2の概要です。書いてみるとよくこんなことを話したものだと呆れますが、私にとってRAカフェは何よりの楽しみ、老いへの唯一の対抗策で、毎回数名の聴講者しかいなくとも楽しく続けています。

この後、3分の1の内容は、

① 『普通という異常』という本の内容の紹介
② 「自己」の成立過程について
③ 「時」の発生(発見)に関与する「居るオッパイ=良いオッパイ」と「居ないオッパイ=悪いオッパイ」の交替→新生児がタイミング、つまり時間という感覚を獲得する過程の説明
④ 上記に関して、著書『封印された叫び』の冒頭に置かれた症例「母の欠如」紹介
⑤ 症例経過紹介(さすがにこれは公開できません)

ゆとり(ないし「その気」)があれば、上記①~④について概略を書いておきたいものですが、今は既に深夜になりましたので後日。

2023年7月4日