斎藤学との対談〈竹口博雅〉(その2)
(その1から続く)
竹口 博雅(以下、T):僕は、子どもの頃からヨーロッパのおとぎ話に憧れていて……。
斎藤 学(以下、S):どんな?
T:「お姫様は王子様と結婚して、2人は死ぬまで仲良く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」という結末で終わる……。
S:『シンデレラ』とか?
T:『シンデレラ』・『白雪姫』・『眠れる森の美女』・『ラプンツェル』……自分の両親は、見合いして、お互いに、「まあ、こんなもんだろうな」と思って結婚したのかな? 1962年、まだ日本人の大半が見合いで結婚していた時代。「見合いで結婚したから、こんなに仲が悪いんだろうな。僕は、ヨーロッパのおとぎ話に出てくる王子様とお姫様のような結婚をしよう。NHKの「連続テレビ小説」のように、見合い結婚をした2人が仲の良い夫婦になっていくことなんてあるわけない」と思っていたんですよ。
S:それは面白い話だね。
T:しかし……僕はまだ観ていないんですが、今、日本で公開されている『小さき麦の花』という映画は中国で大ヒットしたそうです。特に、若い人たちに受けたそうです。農家の四男坊の男と、身体障碍者の女……親にとっての「要(い)らない子」同士である2人が、厄介払いされるような形で見合い結婚をさせられる。しかし、2人とも親からは疎んじられていたので、結婚する前から相手を大事にしようと決心していた。そして、2人は仲の良い夫婦になっていく。そういう話らしいんですが、これが中国の若い人たちに受けたということは、「こんなことがあったら、いいなあ」と思っている若い人たちが多いということかな? そして、その映画はヨーロッパでも高く評価されたそうです。John Berraという人は、「無理やり仕立てられた結婚から真の愛が花開くまでを描いた、詩的な物語」と評している。ヨーロッパ人には、見合い結婚をした夫婦が幸せになるなんて理解できないだろうと思っていたんですが。
S:そんなことはないよ。見合いっていうのは、若い男女に出会いをさせるいろんな方法の1つに過ぎないんでね。ヨーロッパの言語にも、”mate setting”とか、「見合い」に当たる言葉はありますよ。ヨーロッパでも、昔、結婚は普通見合いでしたよ。結婚の相手は結婚する当人ではなく、当人の親同士で決めていた。王侯貴族は後継ぎが大事だからね。息子に相応(ふさわ)しい嫁を、娘に相応しい婿を取っていた。主君と同じことを家臣もしていた。
T:農民は?
S:もちろん、農民も。ドイツなどでは農民の方が、エマニュエル・トッドの言う「絶対核家族」が多かった。「直系で長男優先」みたいなのは王侯貴族。しかも、それも一部だけだっていうんでしょう、トッドの「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」によると。日本の東国武士団のような直系男子相続なんていうのは、世界的には極稀(ごくまれ)な例だって知って驚いた。他にはドイツのプロイセン辺(あた)り。それが、日本の九州では母系制と交じり合っちゃって、新しいエネルギーを産んだ、明治維新はその結果だったって言うんだけど本当かな? そのもっと南や東北の端になると、遊牧民と変わらない絶対核家族。家族というものは元々は核家族だったというのがトッドの見方だけど、これは、ユヴァル・ノア・ハラリが『サピエンス全史』に書いていることとは随分違う。だけど、どっちが新しいかって言ったら、新しい方の勝ちだからね、すべては。ハラリの方がちょっとだけ古いんだよ(注:エマニュエル・トッド著「我々はどこから来て、今どこにいるのか」の原著が発表されたのは2017年。ユヴァル・ノア・ハラリ著「サピエンス全史」の原著のヘブライ語版が発表されたのは2011年、英語版が発表されたのは2014年)。
まあ、私ばかり喋っていてはマズいけど。あなたは、西洋の童話に出てくる恋愛結婚を信じていたということね? 見合い結婚なんて偽物だと思っていたと。それが、そうではないということが、最近わかった?
T:でも、だとしたら……物心ついて以来今までの50数年間、「真実の愛」を探し続けてきた僕の人生は、まったく間違っていたということになる。
S:面白い話だね。「真実の愛」なんていうものがあると信じていたあなたは「畸人」だよ。「稀人(まれびと)」。「畸人」って、割と良い言葉でさ。珍しい人。
T:でも、1960年代の半ばまでは大半の日本人にとって、恋愛は映画やTVで観るもので、自分ですることではなかったんでしょうけど、それ以後は……。
S:いや、いいとこの子は、どこかから結婚相手を紹介してもらえたけれど、そういう人は少なかった。カネがかかるんですよ、見合いっていうのは。そうじゃなくて、職場の同僚や同じ大学の学生を妊娠させてしまって結婚せざるを得なくなったという夫婦が多かった。自分の半径1メートル以内にいた、隣の席の娘とかね。偶然頼みもいいとこ。
今のTinder のようなデート・アプリの方が余程効率がいいはずだけど、効率がいいものができたら子どもが生まれなくなったのは面白いなあと思っている。今、日本では女性の給料は男性の7割ぐらいらしいけど、これからは高学歴者の半分以上が女性になって、女性も男性と同じぐらいの給料をもらえるようになると思うんですよ。管理職に就くのも女性が多くなる。パソコンのキーボードを打つのには、そんなに体力は要(い)らないからね。優秀な女性たちが活躍するようになって、国会議員も半数が女性になる。そういう時代に結婚はどうなるかというと、結婚というものに意味がなくなってくる。どう見ても馬鹿としか言えない男に自分の一生を託すなんてことを女性がするわけがないので。以前は、一族にとって必要な婚姻をさせる、相手は親戚が決めるという圧力が結婚する当事者に働いたんだけど、すべて当事者自身でやりなさいっていうことになると、今の結婚制度は女性にとって凄く不利ですから、女性は結婚しなくなる。子どもを産んで育てることも大変だから作らなくなる。キャリア・ウーマンは、ある程度地位を確立した後で、「そろそろ子どもを産もう」と思った時に産むようになる。その時、自分の夫を子どもの父親にする必要もない。SEXの相手と子どもの父親にする男とが別でも構わない。夫の許可無しに、夫以外の男の精液を使って妊娠できるようにしないとね。これからは、子どもの父親に相応(ふさわ)しい男性だけが女性に選ばれるようになるだろうね。徹底的に。
T:ハーバード大学の美男の学生の精液を買い求めて子どもを作る? それも、また地獄だなという気がしますが。
S:ハーバード大学を出ても、その先どうなるかはわからないから、ノーベル賞の候補者やマックス・プランク研究所のような一流の研究機関の研究者ということになるんじゃないかな? つまり、環境に恵まれさえすれば努力して成功できる遺伝子の持ち主だということがはっきりしている男。でも、そういう研究機関の同僚同士で結婚した夫婦なんてたくさんいるんだけど、生まれた子が必ずしも、ノーベル賞を受賞するような人間に育つわけではない。それは、また別の話なんだろうと思う。
竹口さんは、結婚相手に恵まれなかったことを残念に思っている、そう考えていいの?
T:はい。
S:「したかったけど、しなかったこと」があるなら、今からでもそれをするんだね。結婚してみることだと思うよ。
T:相手を選ばず?
S:相手のことを、嫌いだ、嫌だと思っていれば、一緒になるのは大変だろうから、お互いに年を取って、結婚相手についての間口が広がっている、相手に対する許容度が高くなっている人同士で、とりあえず一緒に暮らしてみる。まあ、こんなところを結論にしますか。(了)
(2023年4月6日)