【連載】映画と私たち「共依存の現在地」(ふじやまままこ)その21

対談する人

ふじやまままこ
60年代前半に東京で生まれる。広告会社、新聞社、出版社などを経てライターに。斎藤先生とは18歳くらいの時に一度会う。その後30代後半で再会。ウツや発達障害を抱えつつ、なんとなく生きている。

 

共依存の現在地

-斎藤先生は共依存という人間関係について考えてこられたのだと思いますが、それは今、どんなところまで来ているのでしょうか?

今、原始核家族はどんなものだったのだろうと、「先史時代」というか紀元前5世紀前後あたりの氷河期頃に生きた人たちの使った石器や化石について研究している人々が書いてくれた本を何冊か読んでいるところです。氷河期の頃の人々の集まりや相互依存が共依存の培地になったと思うので。

 

―共依存はヒトにとって当たり前の生きかたなのでしょうか、それとも共依存がヒトをダメにしてくようなものなのでしょうか?

ヒトは協調性を発達させ、自己家畜化を目指して生き延びてきた種なのですよ。共依存というのは、その協調性の基盤になるものだからヒトは共依存的にしか生きられないものなんですよ。それがナゼ、現代社会で問題になったのだというところを押さえておく必要があるのです。

 

―でも共依存という言葉はそこまで浸透していませんよね?

そうですね。もともと偏ったところで、ある時期から使われ始めていたものが1970年代になって急にアメリカから日本に伝わってきたものだったから。日本人にとって使わなくてもよい言葉だったのだと思います。でも今、この言葉必要です。

共依存を私なりに定義すると「脱愛着(デタッチメント)の失敗」ということです。愛着(アタッチメント)というのはイギリスのジョン・ボウルビィが第2次大戦後すぐから言いだした母子関係論の中核ですよね。乳児は母ないし代理母からの、特別な注目と手当(文字通り触ること)が欠けると健全に成長しない。例えば母親の刑務所収容によって実母を喪失した乳児を、衛生と栄養補給の整った施設(病院)に引き取っても「成長の失敗(failure to thrive)」が起こって体重増加の停滞が起こり、やがて死んでしまう。これが「施設症(ホスピタリズム)」です。これを防止するには看護チームの中から1名を選別して1名の入院乳児のケア・ギバー(代理母の役割を持った手当の与え手)にしなければならない。こうした現実を土台にして構築されたのが、母子の愛着関係成立とその失敗についての理論です。

一方、脱愛着(デタッチメント)の必要が説かれることになった背景には、1929年のアメリカ合衆国で始まった「大不況(Depression)」があったと思います。この局所的経済変調は折から勃興しつつあった経済活動の国際化の影響を受けて各国の経済不況を呼び込み、それぞれの国で政変が見られました。第一次大戦の敗戦国ドイツでは経済的破綻が極端になったあげくに国家社会主義を標榜するナチスが政権を握り、日本では5・15、2・26など首都圏兵士らによるクーデターから始まる軍政化とナショナリズム肥大(皇国主義)など各国で政変が発生しました。

大不況の余波でゆとりを失っていた各国で偏狭なナショナリズムがぶつかり合って第2次大戦に入り、日本人の言う太平洋戦争の終結(1945年8月15日)で終わるわけです。

こうした社会動乱は各地の安定を壊し、そこに住む人々の生活を不安定にしたわけですが、そうした際に人々が頼るのが酒、クスリ、ギャンブル、売春などです。アメリカでは大不況によって市民の多くが飢えるようになった一方で、アルコール依存が蔓延しました。その中からアルコホリックス・アノニマス(AA)の自助的大衆運動が始まります。そして第2次大戦後、戦争契機で大不況を乗り切ったアメリカ合衆国はドル一極体制のもとでパクス・アメリカーナを謳いつつ、世界にそそり立つようになる。しかしその成功の陰には無数のアルコホリックたちがうごめいていたわけで、彼らの家族にむかって説かれたのが「デタッチメント」による「タフ・ラブ」の教えでした。アルコホリックの妻は夫が酒を止めることに協力しすぎてはいけない。「酒を止めろ」と叱ってはいけない。彼らがもはや飲めない状況に至った自己を自覚して、自ら立ち直るのを待つしかない、というわけです。そういう文脈で語られたのが共依存だったから、共依存は「病人」の姿勢のように受け取られてしまうこともあったのです。

でも、ヒトはずっと共依存に守られながらここまで生きてきたのだと思いますよ。ただ僕らが考えているような単婚制の家族が石器時代から続いてきたのかどうかはわかりませんね。

 

―単婚制って、夫と妻、男と女が対になった夫婦がいて、そこに子どもが生まれっていう家族ですよね?今、あたりまえになっている。

単婚制核家族なんて言いかたしますね。近代核家族と呼ばれることもあるのですが、これが意外に数万年前の狩猟採集時代からあったということもいわれるようになっています。一方で、それ以前は、乱婚だったという説(クリストファー・ライアン&カシルダ・ジェダ,山本規雄訳『性の進化論』作品社,2014)もあるのです。

私たちヒト属ヒト種ヒト(ホモ・サピエンス・サピエンス)は、700万年~600万年昔にチンパンジーから分岐したことがわかっていて、そのチンパンジーが乱婚だから、ヒトも当初は乱婚だったはずというのです。それが狩猟採集のために移動するようになった頃から単婚制になったらしい。生まれてくる子どもが未熟児状態で、発育にもチンパンジーの3~4倍かかるというのがヒトですから、母親(女性)は赤ん坊と子ども数人のケアで手一杯。そんな女性を何人も抱えられるだけの収穫をあげる男はいないから、どうしても単婚制になってしまうのだろうということですね。

ただ乱婚の傾向は残っているので、ユーラシア大陸中央部のように文化が早く興って農業生産に恵まれた地域などでは、王や貴族が一夫多妻ということもあったのではないかというわけです(エマニュエル・トッド『我々はどこから来て、今どこにいるのか』文藝春秋,2022.)。

 

―私たちの今と将来を考えるためには、ヒトがどこから派生してきたかも知らなければならないということですか?

私はそう考えています。私たちは「パンツをはいたチンパンジー」で、そのパンツに当たるところを精神分析(という考え方)では「抑圧」と言います。パンツで隠されたものが「無意識」で、その実態は生殖という「種の保存」にかかわることです。ヒトという生命体の奇妙なところは、ヒト以外のすべての生命体が、動物も植物も露わにしている生殖という大切な作業を隠密のうちに済まそうとしていることです。ヒトは最も大切なことを隠している、それどころか自分自身でも隠していることに気づけない。そういうことではないか、と感じた人々が19世紀には何人かいて、その一人がウイーンの医師、ジークムント・フロイトです。チャールズ・ダーウィンの進化論(『種の起源』)以来、そのように考え。考えを述べた人は何人がいて、その一人はパリのピェール・ジャネですが、催眠・暗示現象から辿り着いた下意識の発想を彼は自ら葬ってしまいました。フロイトの「無意志」が下意識を発展させたものか否かはわかりませんが、フロイトはジャネの業績を知っていたことを明言しています。その上でジャネはこれを「ひとつの言いまわし(une façon de parlé)」として扱い、掘り下げることがなかったのだと、フロイトは言っています(『精神分析入門(高橋・下坂訳)・第17講』、この邦訳では前傾の仏語ユヌ・ファソン・ドゥ・パルレを空論と訳しています)。

要するに抑圧によって無意識に押し込められたものがあるという「事実ないし仮説」を用いた治療法を記述し、その治療法の適用範囲に言及したのが医師フロイトの貢献なのですが、この考えかたは治療の領域を越えて20世紀以降の人々の社会・文化に影響を与えたと思います。ここでは精神分析の話はこれ以上しませんが、我々がチンパンジーから派生したこと、チンパンジーと私たちの間の染色体は98パーセントまで同じであることは、押さえておいてください。

 

―チンパンジーは私たちが普通に考えるサルとは別の類なのですよね?

チンパンジーはエイプ類、つまり霊長類とか類人猿とされもので、ニホンザルやヒヒなどを含むマカク類とは染色体的に大きな距離があります。

エイプ類には6種しかなくて、手長猿、オランウータン、ゴリラ、コモン・チンパンジー(普通のチンパンジー)、ボノボ、それとヒトの6種です。この6種のなかでパンツをはいているのはヒトだけ。ほかの類人猿では発情期には陰唇が赤く膨らんでいて目立つようになっている。性ホルモンの分泌が匂いでもわかります。

その6種の中で、種の属性として単婚しているのは、手長猿夫婦だけです。オランウータンはオスとメスの体重比が1対1、それぞれが縄張りを持っていて、雄が雌のエリアに侵入して無理やりメスを強姦するというのが繁殖法です。子どもを育てるコストはすごくかかるけれど、オスはそのコストを払わない。無理矢理のセックスをして逃げ去ってしまう。子育ての全ての苦労は、メスが一頭だけで担わなければならない。

ゴリラは一雄多雌のハーレム型の群れを作りますが、雌は1年ほどの授乳期を終えると、子を雄に託したまま群れから離れてしまう。それでゴリラの父親は様々な生育段階の子どもたちを抱え込む保父さんみたいです。レタスの葉などの餌を求めて、一つの山を登ったり下りたりしています。

コモン・チンパンジーは発情期乱交型で、若いメスは近親姦を避けるかのように群れ(バンド;band)を離れて他のバンドに移り、受胎して母親の棲む場所に戻り出産します。この行き帰りには危険が多く、しかも移動先のバンドでは最下層メスですから虐げられる。時にはそこで出産してしまい、子どもを食べられてしまったりすることもある。食べるのは、外来の若いメスに優しく接し、支援するかに見える上位のメスだそうです(ジェーン・グドール「心の窓」)。

一方、コモン・チンパンジーから250万年前にわかれたボノボ(ピグミー・チンパンジー)では、メス同士のセックスが普通に観察されます。つまりセックスが生殖行為から離れ、社会的対話になっているわけです。メスたちは数頭がオスに向き合うことでオスの暴力を防ぎます。コモン・チンパンジーではオスによる戦闘的バンド形式をとっているのに対し、ボノボではセックスによる平和主義路線を取っているともいえるでしょう。異性愛、同性愛を問わず、セックス中心の生活をしているように見えるボノボですが、個体は2万頭程度で絶滅危惧種です。ヒトを除くエイプ類5種の全てが絶滅危惧種になっています。

ヒト属ヒト(ホモサピエンス)だけが、人口80億に向かって増殖していています。これら6種のうち人と同じようにセックスのクライマックス(絶頂期)にオキシトシンという快楽物質が出るのは、ボノボだけです。しかし、ヒトとボノボとは性の露出という点でベクトルが真反対です。ボノボはセックスを露出し、ヒトは隠す。人の男性は女性の排卵時期さえわからない。

 

―人間のセックスはなぜこんなふうになったのでしょうね?

何よりもハッキリしているのは、ヒトが性愛と生殖を特異な形で大切にしてきたことですね。前に、ヒトは性器を隠すといいましたが、直立したヒトは男と女が向かい合うことになるわけです。そのとき、男女ともに異性を視覚として捉えやすくなる。そこで問題となるのが性器の形でヒトの男根はエイプ類の中でも群を抜いて大きくて目立つ。ヒトのものは成熟オス・ゴリラの4倍ほど大きいですし、ゴリラでは睾丸が体腔に収納されています。女性では、後背位性交のときに重要なチャームポイントになるお尻が見えなくなるので、乳房が目立って、お尻の代用を果たすようになりました。

ヒトはこんなにも繁殖しているわけですから、ボノボ以上に好色なわけですが、「忍ぶれど、色に出にけり我が恋は、ものや思ふと人の問うまで(平兼盛、百人一首40番)」などと言って、忍んだり澄ましたりする技巧を凝らすわけです。

一応、単婚主義のふりしているのだけれど、経済的理由その他で仕方なくそうしているので、少なからぬ人々が不倫をしている。不倫していなくても、いわゆる性自慰は一般的に行われ、近年のネット世界ではそれを前提にした各種産業や、ヒト型ロボット開発、アバターによる仮想体験が出来るようになるでしょう。

―それはオキシトシンを求めて?

オキシトシンは哺乳類一般の母性行動に関与するもので、必ずしも性的クライマックスに限定して分泌されるものではありません。猫でも犬でもかわいがって見つめ合ったり撫ぜたりすれば、双方の視床下部から分泌されます。でもヒトは、やはりヒトとの間で求め合うことを第一に考えますね。同性であれ、異性であれ。

性的成熟が対象愛にまで進んでいる場合、性自慰は自体愛への退行ということになります。精神分析では小児性愛に見られる多形倒錯とか、性器期の段階を経て、ようやく自己認識、というか自分とは他人との関係の中でどの辺にいるのかという認識にエネルギー(リビドー)が使われるようになる。ここでまできてようやく、男根のない人(母、女)と、男根のある人(父、男)との差異を自分の性器の形状に比較していろいろ考えるようになります。ここからがエディプス期(3~5歳)で、これを経て子どもは「小さな大人」に過ぎない自分の惨めさを感じられるようになるわけです。その頃までに支配しているのは乳児的万能感とか幼児的自己愛肥大(誇大妄想)といったもので、こうしたものが色濃く残って表に出ちゃっている人もいますね。傍で見ていても痛いというか恥ずかしい人になっちゃいます。

男根についてですが、実は男根と睾丸が外に出ているかどうかは別として、女児にも男児と同じような器官はあります。陰核ですが、機能はほぼ男根と同じで、性器期の女児は、男児が自分のペニスについ触ってしまうように陰核を扱います。注意すべき事は、膣の性感についての問題で、フロイトは女性の精神分析家たちの論文を参照しながら、膣性感の発達は陰核よりも遅れ、むしろ膣は腸管のように誤解されると述べていたはずです(フロイト『続・精神分析入門』第33講「女性的ということ」)。

男根の亀頭や陰核の摩擦による性的絶頂感(オーガズム、セクシュアル・クライマックス)に関与するホルモンはオキシトシンというより視床下部からのドーパミンですね。これは獲物を獲得したときなどの絶頂感の際に上がりますが、獲物を追う時にも捕獲されないように逃げるときにも働くのは副腎髄質からのアドレナリンです。このような化学物質に駆動され、人の前半生は襲ってくる性感覚と戦ったりいなしたりしながらヨロヨロ進むのですよ。

性器摩擦については、例えばセクサホリックス・アノニマス(SA)のように、それを「誤った欲情解決」として、スリップ(失敗)扱いする人たちもいます。私としては、そう思う人は思っていればよいと考えますが、助言を求められれば違うことを言います。

 

―どんなふうにおっしゃるのですか?

そもそも児童期の自然な性衝動に親が介入すること自体がまずいのですよ。そのことの有名な例が、これもフロイトになってしまいますが「シュレーバー症例」(「自伝的に記述されたパラノイアの1症例に関する精神分析的考察」1911)の考察対象になったダニエル・パウル・シュレーバー氏です。

この人はドレスデン(ドイツ東部ザクセン州の州部)の裁判官で、最高裁の控訴院部長という役職にあった人物ですが、中年期から奇妙な身体的異常を訴えて、心気妄想に悩むようになり、51歳の時に長く克明な自伝を書き出版しました。この自伝の中でシュレーバー氏は自分の身体が長期間をかけて女性化され、それが終わった時には自らに世界救済の召命が下されるというのです。こうした心気妄想、被害妄想、誇大妄想が渾然一体となった妄想が書かれた本が刊行されると、フロイトは、この人物像に自己愛神経症の診断を与えました。この件に立ち入ると長くなるので、自己愛神経症については別のところで説明することにします。

ここで紹介したいのは、シュレーバー氏のこうむった少年時代の手淫禁止訓練のことです。ベッセル・ヴァン=デア=コーク(van der Kolk, B & Kadish, W..: Amnesia, dissociation, and the return of the repressed. In:(van der Kolk, B., Ed.)Psychological Trauma. pp.173-190,1987)らによれば、シュレーバー氏の父は当時19世紀半ばの東ドイツで名声をはせた教育学者で、男の子たちの手淫を防止する様々な装具(両手を金具に拘束し、手が下半身に行かないようにする器具)を考案し、その装具が売り出されていたそうです。このことは、ミヒャエル・ハネケの映画『白いリボン』を連想させます。この映画では牧師の父親が思春期に入ろうかという息子たちの手首を白いリボンで縛っています。

これに加えて私自身にも書いたものがあります。1996年に『アダルト・チルドレンと家族』(学陽書房)という本を出版しましたが、私はこの本の「まえがき」には治療に入る前に自殺されてしまった、ある青年からの手紙を引用しました。手紙の内容は幼児期手淫を母親から複数回にわたって目撃され折檻された青年が大学に入る頃には小児性愛者であることを自覚した青年の絶望と生きる気力の無さを訴えたものです。

考えてみてください。自分の子どもたちの性意識の発達を見張り、寝床の中で性自慰をするかどうかと見張る親がいれば、それが父であろうと母であろうと、それ自体、虐待と言えるのではないでしょうか。人は成熟の過程で生殖のための行為を個人個人のパターンで学習していくものです。監視したり、禁止したりすること自体が有害なのです。

続く