日々の小さな会話 ーその2
「かぐや姫」
〔会話〕
「今日はスカイプでの面接が3回済んだのに、これからどう進むのか見えなくなったケ-スのご相談に来ました。これは面接の経過のコピーですが、何だか私の方から突っ込み難い感じにとらわれてクライエントの詳細を訊けていないところがあります」
「そういう感じそのものが大事ですよ」
「スカイプの画面の中で、その女性は華奢で美しいお姫さまのように見えるんです」
「51歳なんですよね」
「そうです。でも、お若くて、ホントにきれい。画面の解像度に限りがあるから小じわとかは分かりませんが(笑い)」
「かぐや姫みたいですね。その人がある有名物販会社のIT部門に勤めていて、国際的なプロジェクトに係わった。英語に苦労していたところ、そのプロジェクトでは日本人が彼女1人だったチ-ムに、アメリカの大学出の日本人28歳男性というのが参加してきて彼女を助けてくれた、というわけだ」
「そうです。チ-ムの他の人たちは2人が恋仲と思い込んでいた、というのです」
「でも彼女は当時そんな気分じゃなかった、と ?」
「えぇ、何事につけ仕事以外には現実感がない生活をしてきたそうで、〈仕事はバリバリ〉と何回かおっしゃってました」
「バリバリ・・・仕事以外だと現実感に問題でもあるのかな・・・」
「母親との関係に何か・・・」
「そのうち分かるでしょう。で、当面、彼女自身はその若い男へ恋心に悩んでいる ?」
「そうですね。え-と、去年の暮れ、『これからのご予定は?』みたいな形で彼からのアプローチらしきものがあったのに、彼女は気がつかなかった」
「あるいは気づかないフリをして逃げた、それが彼女の習慣かね、ラブ・アボイダント、恋愛回避者、だから51とか」
「・・・」
「だとすると彼女は、恥かき恐怖のナルシシスト、原因は別としてね。もしそういう人だとすると、彼と会えなくなってからしか恋の実感を味わえないね」
「え-と、そこに書きましたように年明けすぐにプロジェクト・チ-ムの解散指示が会社から出されたそうで、外部から参加していた彼とは職場で同席できなくなった」
「なるほど、それで初診が今年1月末というわけですね。その間、年明けから彼女は悩んだり、焦ったりを実感した、リアライズできた」
「と思います。それでそれとなくメ-ルを出したりしたが反応がない」
「なるほど、それであなたが必要になったわけだ。セラピストはフイに来客と出会うわけですからね。そのとき何のご用件でお見えになったのか、わからないことがある。お客さまの方でもその時には自分のホントの必要に気づかずに来てしまうことがある。だからご依頼主のホントの必要を知るのが、私たちの仕事の第一歩なんですよ」
「今、彼女との面接は『恋ばなし』みたいになってきてるんです。それがお望みならそれでも良いかなとも思うんですが・・・彼の住まいまで押しかけて待ち伏せしようか、という話に付き合って彼女のお役にたてるのか、と疑問にもなって・・・」
「事件は1月末、最後のセッションが5月末ですからね。彼女が未だあなたを必要としているのは、自分を知りたがっているからだと思いますよ。その28歳男との間に交わされた感覚の記憶のカケラを集めている。だけどカケラを沢山抱えていても、それをどうすれば良いかわからないから、あなたが必要なんでしょ」
「・・・?」
〔解説〕
エジプトの神話ではオシリスが弟に殺されて14の破片としてナイル河に投げ込まれたのですね。妹で妻でもあるイシス(アイシス)が一つ一つ拾い集め、1つに縫い合わせて白い布でグルグル巻くんですよね、ミイラみたいに。それから「息(命)を吹き込む」(animate)。すると、オシリスは生き返る。死んでいたから、青白い顔なんですがね。
この女性にとっての恋は、1月に終わったのだと思いますよ。ただ、これまでの彼女と違って生々しい体験だったのですよ。職場の仕事以上に。彼女はその体験の断片(カケラ)を記憶の流れの中から拾い集めていらっしゃる。ほぼ集め終えているのだけれど、イシスのようにそれを甦らせる方法がわからない。それに困ってセラピストを求めているんだと思います。
昔のエジプトの人々はナイルの洪水が起こると水の来ないところまで逃げて、水の引くのを待ったんですってね。水の引いた後に戻ると、以前のものは皆なくなっている、しかしそこから新しい命の芽が育って人々を充たす麦が実る。オシリスは毎年死んでイシスの力で甦る。この繰り返しを実感すること、リアライズすることを人の記憶、生きている記憶というのです。
この女性はある理由で、生きて体験する記憶を失ったのです。それを乱暴に捨ててきたのです。だから彼女はスカイプの画面の中で非現実的な「かぐや姫」なんです。さすがに仕事となるとプライドにかかわりますのでバリバリやってみせた、記憶を使いこなしてね。でも、それ以外はパ-、空白。しかし、51歳になって彼女に奇跡が起こった。28歳男との出会いが彼女の「生きてる記憶」を再スタ-トさせたのです。彼女はここ数ヶ月、命の流れの中に捨ててきた恋の記憶のカケラを探してきました。セラピストをガイドにして。さて、集めた記憶のカケラをどう使えば良いのでしょうかね ?
答えは案外簡単かもね。彼女はもう良いガイドを持ってるでしょ。記憶は、その瞬間に語ることで「言葉の記憶」として残るんですよ。それには対話者が要るんです。あるきっかけで彼女は「重要な他者」(significant other)を捨てた。それで体験を言葉にする術を失ったから、自分の過去を語れないんです。このレポ-トであなたが困ったように。他者を捨てたいきさつも、理由も、そのうち分かるでしょ。対話さえ続けば。