以前、クリニックのデイナイトケアで行っていた「斎藤講演」の中で、私が観た映画について解説するという時間がありました。その時に書いた文章を時々ご紹介していきます。

 

映画「フォレスト・ガンプ」と「英国王のスピーチ」

映画「フォレスト・ガンプ」と「英国王のスピーチ」を観て頂くにあたって、皆さんに私の考え方をお伝えしたいと思います。これら二つの映画は私の治療法（症状行動の修正法）を良く説明しているからです。以下に私の考え方を列記します。

症状行動の修正ということ

皆さんは各人各様の「精神症状」や「症状行動」を抱えています。アルコール依存であれば飲酒が症状行動です。不潔恐怖であれば手を洗い続けることがそれにあたります。だから飲酒や手洗いを我慢できるようになる何らかの工夫が治療です。

統合失調症やうつ病の場合はちょっと複雑ですが、ここでも妄想・幻覚や抑うつ気分を基盤として生じる異常行動は、行動そのものを「しない」=「我慢する」ことで生活を安定させることができ、その結果として脳内の神経伝達物質（脳内ホルモン）の分泌も調整がとれるようになり、病状が改善します。以前に書いたように「ビューティフル・マインド」のナッシュ教授は、かつてのライバルに「病気はもう治ったのかい?」と問われて、「いや、まだ(幻覚上の人物たちが)見えるんだよ。話しかけてくる。ただ、今は彼らに話しかけたいという誘惑を我慢しているだけなんだ」と答えています。「快楽としての抑うつ感情」ということになると語らなければならないことが多すぎますので、後日にまわします。

普通に考えると､病気が良くなった結果として症状行動が変わると考えがちなのですが一部の治療者は、そうとも限らないと考えています。行動やそれを支える考え方（認知スキーマ=信念）の方が変えやすい。だから考え方の変化を誘導することで病気そのものも改善するのではないか。私もそのように考える治療者のひとりです。

快楽としての症状　

「症状」や「症状行動」は、患者ごとに、その人の必要にそってcoined out (鋳造)されます。ただし、その表現は、人間という動物の仕組み(構造=解剖学的現実と機能)の限界の中で決まるから、相互に似たようなものにならざるを得ないのです。何れにせよ、「個人の必要(欲求)」に添い、それを満たすのが症状だとすれば、それは「快楽」と呼んで差しつかえないでしょう。

私の言う快楽とは、私たちの頭を占拠し、他のことを考えなくするもの。苦痛、懸念（心配）、強迫観念、願望、期待などを指し、その極致には恋愛感情があります。一方、「非快楽」とは、懸念、期待、苦痛、陶酔感覚などから離れた、退屈、無気力、抑うつ、焦燥などのことです。

快楽に支配されているとき、人は忙しく、多動で、目が輝いて生き生きとした表情をしていて、時間の流れの速さに驚きます。一方、非快楽の状態にある人は、無動ないし寡動で、表情に乏しく、眠そうにしています。彼らは空虚（虚しさの感覚）に耐えているのです。

治療とは快楽を上回る快楽を与えること

快楽とはいえ、症状は苦しい。苦痛でもって別の苦痛を緩和したり隠蔽したりしているわけですから、防衛としての効率が悪い。これを「より効果的な防衛」や「より苦痛の少ない防衛」に変えること、症状行動は消える、つまり治療が成功する、というわけです。

そのための方法はただひとつ、症状という快楽を上回る快楽をその人に与え、与え続けることです。精神症状に怯え、無効化な症状行動を繰り返す人々には、ピンポイントの解決課題を提示し、その達成を促します。ピンポイントとは一時(いっとき)に一事ということで、各人についてこれを探索するのがセラピストにとって最も大事な仕事になります。

その課題とは、時には自室フローリング床のワックスかけ、あるいは断捨離、また別の人にとっては婚活です。これらの多くは一見苦痛を伴いますので、苦行療法（Ordeal Therapy）と呼ばれたりしますが、はまってしまう人もいるのはジョギング・アディクションなどと同じです。課題が達成されると次の課題が必要となり、そのようにして皆さんは今まで生きてきたのです。

フォレスト・ガンプの場合

IQが70～80と思われるフォレスト・ガンプの場合、素質的に複数の達成課題を同時に持つことができません。だからいつも眼前の課題に疑問を抱かずに集中します。だからいつも忙しくて幸福です。言い換えれば彼は抑うつの中にいることができません。フォレスト・ガンプに特徴的なのは、諸課題の背景に「ジェニーンの恋人になりたい」という願望があることです。男にとって、このような「女神化能力」ないし「マドンナ渇望」こそ、その男を男にすることは「無法松の一生」を紹介したとき既に申し上げました。

＊フォレスト・ガンプ〔1994／アメリカ〕

（監督）ロバート・ゼメキス　（主演）トム・ハンクス

（次に続く）