【連載】映画と私たち「生身の女性と絡めない『ジョーカー』の主人公」(ふじやまままこ)その19

対談する人

ふじやまままこ
60年代前半に東京で生まれる。広告会社、新聞社、出版社などを経てライターに。斎藤先生とは18歳くらいの時に一度会う。その後30代後半で再会。ウツや発達障害を抱えつつ、なんとなく生きている。

生身の女性と絡めない『ジョーカー』の主人公

―そういや日本だと亡くなった人を笑いにするとすごい怒られますよね。亡くなった途端にその人は“善人”になって、死者を冒涜するなとか言われちゃう。

笑っていいんじゃないの

―笑うなが故人の遺志ではない気がする。“正義”を言う人が苦手です。結局、冗談の通じない人が苦しいんだとわかってきました。ジョーカーも笑いの共通言語がない場所には窮屈さを感じるだろうな。

ジョーカーでよかったのは、あのキャットウーマンとか出ていた映画。

-アン・ハサウェイですか。

あの黒猫の格好がよかった。まだバットマンの格好をしてないブルース・ウェインのステッキをバンってはたいて転倒させたり。

―強い女性の感じがよかった?

うん『ジョーカー』ではそういう女との絡みがなくて悲しすぎる。

―想像ばかりで、親密な関係を持てない人でしたね、彼は。

人の女を羨んだり、金持ちに嫉妬したりで、なんか自分と女性の絡みがないんだよ。

-シングルマザーの移民の女性と付き合ってるというのも妄想だし。妄想すら腰が引けてる感じで。そこにもちょっと共感する人がいるのが、あの映画の恐ろしさですね。

そうなんだよ。芸人として食って行こうなんて野心を持ってるわけだから。金にならなくてもどこかでスタンダップコメディアンとして舞台に立ったり、行きつけのバーでみんな笑わすみたいなことやってないとダメだよね。
タモリなんてのは、酒場で周りを笑わせてるうちに、福岡から東京に来いよって言われて上京したんだってね。あまりに出来のいいおかしさだったからでしょ。ケツにろうそく立てて、四つ足で歩くとかさ、 馬鹿な宴会芸やってたんだって。

―赤塚不二夫が誘ったとか。

すごいことやってたからみんなびっくりした。ここまで自分を捨てて芸に徹するサラリーマンは面白いって。テレビに出してみたら4か国語麻雀とかね、芸がしっかりしてる。その前は本当にそういう下ネタ的な冗談で盛り上げてた時期もあったみたい。

―ある程度自分を捨てろってことですね。でも私の時代は女性芸人が難しい時代だった。今ならお笑いのスクールあって、なりやすい気がするし。もっと下の世代にならないと、女性の芸人は出てこないんですよね。やっぱり当時の女芸人ってかっこ悪くて、ロールモデルがなかったです。下品な芸はムリだし、面白いと感じる人も当時はいなかった。

清水なんとかからだよ。

―清水ミチコは別格というか孤高の存在かな。圧倒的な実力と努力もしてそう。

そこらに転がってる小物、「青汁飲んで50年~」とか、北朝鮮の「首領さま」が出てくる前に出てくる「アナウンサー・オバさん」のマネとか…。ああいうイジリの対象選びが別格に面白い。

―大物もやりますけどね。先生が私と同じく清水ミチコさん見てるってことは、人気の理由がわかりますね。

音楽がうまいよね。

―ピアノもすごい休まず練習してるらしいです。

でも図々しいんだよ。一言で言えば、あなたとは図々しさが違うんだよ。周りに人が少ない環境で育った人のほうが度胸ができる。東京だと人材豊富だから、私なんか…って思っちゃうんだよ。

―まあ圧倒的に才能はあるけど、やっぱりなりたいものがあって地方から出てきて、ちゃんと一人暮らししてアルバイトして生活してるっていうのは並じゃない。まさに自分を信じるからできるんだろうな。才能なくても別の能力があってやってる人はいるけど。

実家が東京にあると、ケツに火がついてないから飛べないんだ。でもそろそろついていい頃。だから年を取って間口が広がったでしょうとって言っているわけ。

―あ、私ですか。年とるとこだわりも強くなったりしますけど、自信がないのにクセが強いって。我ながら自分はやっぱり再婚できない気になってきた。

しない方がいいよ。ここで知り合って結婚した人を見てても、そう思う。

―父親がわからないとか、いろんな事情の子どもが、ジョーカーみたいに自分の出生とか考えたりすると、自分の存在が不確かになっていくみたいなことになるんですかね。

あれはそういう伝説っていうか、神話っていうか、お母さんから聞かされてきた物語。割とストーリー全体が、実は正しかったんじゃないかっていうふうに作られてるけど、あれは全くの妄想であると思う。でも、「当人にとっては真実」というのが、事件の原動力になるわけでしょ。この映画の怖さはそこにもあるよ。「本当はオレ、この塀の内の者なんだよ、中に入れてくれよ」みたいな確信(妄想)が怖い。
妄想であっても、庶民たちはさ、そういう自分なりのプライドや、家族神話を抱えてようやっと生き残ってるんだよね。で、今までの恨みつらみみたいなものを、自分が成功してるという確信のある奴らに、いつかぶつけたいんだよ。
それが民主主義だとさ。せいぜいトランプを引きずり下ろす民主党政権に、一票入れるぐらいのことしかできない。それに対して、あの投票結果はインチキだということに情熱を燃やしている人々がいる。

― Qアノンとか。

あの連中はものすごい被差別意識持ってる。貧乏人を馬鹿にしやがって、とかね。知的エリート層に対するホワイト・プーア・アメリカンズの恨みは強いね。本来、弱者、貧乏人を地盤にしてたはずの民主党が知的エリート層に率いられ、しかも金儲けしてたから。ヒラリー・クリントンなんかすごい噂も出ちゃったよね。

―人身売買してた話ですね。ありゃ嘘でしょ~。イタリアンレストランの実名を出して、ヒラリーが人身売買の場にしているってネットで騒がれ、レストランに乗り込んだ人たちいましたね。

そんな自分が危険なことヒラリーだってやる必要ないしね。でも信じる人っているじゃない。ヒラリーに具現化されてるような弁護士で、大統領夫人から国務長官になり、お膳立て揃ってて、最後は女性初の大統領だって?ふざけんな、みたいな。デトロイトで米企業はトヨタに負けて、アメリカの自動車業に従事してたけど切られて、生活に困窮してる労働者たち。
ジョーカーは報われない人間が同情する、思い入れを描いた。それはホントは金持ちの息子だったかもしれないみたいなところで、ジョーカーがエリート層のスーツを着た3人を地下鉄で殺した理由の説明をつけてる。
その前の『バットマン・ビギンズ』や『ダークナイトライジング』のジョーカーはスケールが大きくて、悪者としてもちゃんとしてる。

-ちゃんとモンスターとして描かれてるということですね

水爆かなんかを落とすって言って、で、両方にボタン持たせて選択をさせるみたいな。あれは人間への挑戦っていうか、

―私が読んだ話ではミルトの失楽園みたいに、悪魔、アジカがいて、ほんとに悪魔だから目的がなく悪いことをする。

世話物としては『ジョーカー』面白いかもしれないけど、前の方が好きだなあ。

〈続く〉