【連載】映画と私たち「『エンパイア・オブ・ライト』の構造」(ふじやまままこ)その7

対談する人

ふじやまままこ
60年代前半に東京で生まれる。広告会社、新聞社、出版社などを経てライターに。斎藤先生とは18歳くらいの時に一度会う。その後30代後半で再会。ウツや発達障害を抱えつつ、なんとなく生きている。

 

『エンパイア・オブ・ライト』の構造

見たような気がすると思ったら、『ニュー・シネマ・パラダイス』と似てるんじゃない?映画の素晴らしさを描いたという点で。

―その点では確かに同じですね

何分の1秒かの視覚の作用で、本当は静止画なのに切れ目なく動いて見えるとかっていう、あの表現は面白かった。 それと、『ニュー・シネマ~』と違うのは、やっぱり人種問題だよなあ。

― 時代背景が大きいと思いますが、『ニュー・シネマ~』の主人公は『エンパイア~』の人のように生きづらさを抱えているわけではなくて、当時の人々の多くが抱えてる問題だったりします。『エンパイア~』の主人公ヒラリーも映画好きだけど、生きていくだけで難しいから、目の前のことに終始せざるを得ないという…

中年の女性を主軸にして、その視点で描いてる辺りはまるで違うけど。

― 例えば、『ビューティフル・マインド』とかだと、同じように病気でも、ノーベル賞級の研究を成し遂げる才能のある人ですよね。実在の人物だというのもありますが。一方『エンパイア~』の主役は市井の人で。

彼女を双極性障害にしちゃうっていうところが、現代の恐ろしさだね。逆に彼女みたいに正直で、自分の感情に素直に行動すると、躁病って言われちゃう。

―コリン・ファース演じる支配人が、主人公ヒラリーを「統合失調症」って言ってますけど、先生に言わせると双極性障害ってことですね。

躁病、マニーって言われて、病気にされ、入院させられ、 戻ってからは仮面をつけて生きてる。そうして縛られたような状態で大人しくしてると、 仲間にも歓迎される。ところがその状況は、立場によってずいぶんと変わるんだよ。男ならあんな風に独善的にふるまって、演説ぶった物言いをしても何も言われないのに、女性だと躁病って言われる。もし男女が逆なら、ヒラリーは支配人を一発殴ったって構わない。
みんなの前で自分の考えを主張するシーンも、彼女がもし中年の男だったら、「なんか 勘違いして飛び出してきちゃったけど、まあまあまあ落ち着いて」みたいになってね、病院に入れられたりはしない。

―女性は社会や会社で損をしてるんだなと、改めて感じました。会社って、何かあると男性が悪くても辞めさせられるのは女性のほうでしたね。今の時代、少しは変わってるんですかね。ただ心を病んで休職する男性は目に見えて増えました。

ヒラリーくらい長く勤めてれば、男なら課長かなんかの役職にも就いてるだろうし。

-永年勤続ですもんね。そういう性差別の面も映画の要素として大きいんですね。

監督は最初から考えて人物設定をしてるのかもしれない。だからアフリカンっていうことと、女性っていう2つの階層、 一人の主人公が二つ負ってるわけだよ。ヒロインは黒人じゃないんだけど、 恋する相手は黒人で、彼も観客にとって親和性があるように描かれてる。醜い中年だと嫌がられるから、若くてハンサムなアフリカンにして。女性は美女じゃなく地味で、元来は親切な人っていうのを、そのアフリカンの人との関係の中で、観客にとって親和性がある人として描く。その辺が映画作りのうまいとこだね。

― “若くてハンサム”はポイントですね。あのデモのシーン(黒人排斥のためのデモ)は80年代初頭の話だけど、今見ても世の中は変わってないです。格差とか分断とか。

あのシーンは、迫力あったね。

―怖かったです。へたなアクション映画よりも手に汗にぎりました。

80年代を舞台にしないと、あのテーマは描けないだろうね。ふつうああいう暴動の舞台はアメリカでしょ。 シカゴとかロスアンジェルスとか。

―デトロイトとか。サム・メンデスはイギリス人で、ブリクストン暴動などの時は10代だったみたいで、テーマが同じでもイギリスとアメリカじゃ大きく違いますね。

あそこまでひどい人種差別がイングランドにもあったことは観客になって初めて知った。

― でも英国のスキンズやモッズのカルチャーとイデオロギーの関係とか、移民排斥運動とかは私も映画で知りました。『THIS IS ENGLAND』とか『ぼくの国、パパの国』とかいくつかで、こんなすごい暴動や差別があったって。

イングランドでの差別ってのは、アメリカとは違うんだよ。アメリカ人はそれでも覚悟して出発してるとこあるから。綿労働とかさとうきび労働とかで、散々殺してきたでしょ。そのための市民戦争もやったしね。だからある種の覚悟があるだろうけど、イングランドの人は、東インド会社とか議会を通じて、どっか遠い世界から富が流れてきて、それを享受してたからわからない。インドとかセイロンを支配した過去がなきゃ、午後の紅茶の時間なんてのはなかったはず。

-優雅なアフタヌーンティーという文化も歴史背景考えると複雑ですね。

ほんのちょっとした帝国主義そのものの、「午後のお茶」なんて150年かそこらの短期間の歴史に過ぎない。小さい島国だろ。かつてのオランダの凋落以前は、本当にどうしようもない貧乏社会だからね。一瞬にして成り上がったっていう点では、日本と同じようなところあるんだよ。

-成り上がり…階級社会は根強く残ってる感じはあります。

UK(連合王国〈イングランド・スコットランド・南アイルランド〉=英国)の階級はねー、早い話、王様たちがフランス語で、議会の連中が英語だったりドイツ語だったりという時代が最近まであったんですよ。チャールズ1世なんてオリバー・クロムウェルに首斬られてしまっただろ。王様の子供は急いでブルボン家のフランスに逃げてね。 で、クロムウェルが執政官っていう名前で元首になった。で、クロムウェルが死んで息子が後を継いで執政官になると、イギリス人たちは執政官制がいやになって、フランスに逃げてたチャールズ2世を呼び戻して王政復古するわけ。クロムウェルの息子が嫌いって理由だけで、一族を根絶やしにしたうえ、クロムウェルのお墓を暴いて、槍に突き刺した頭蓋骨を1~2ヶ月、ロンドンで晒した。だけどチャールズ2世がアングリカンチャーチをカトリックに戻すって言い出したことでまたフランスに追いやった。これが名誉革命(1688)になった。これ血が流れなかったことからついた名称で。

で、次に来た王様はチャールズ2世の長女メアリー2世(プロテスタント)とその夫で、オランダ総督のウィレム(英語名ウィリアム)3世を招請して王位につけた。この王様は上手に英語が喋れない。低地ドイツ語、つまりオランダ語が母語だったから。ところが、この夫婦には子がなく、メアリー2世の妹であるアンがUKの女王の位を継いだ。この女性はUK女王になる前に結婚していて、その人がデンマーク、ノルウェー王の次男ヨウエン(英語名ジョージ)と結婚していて、アン女王は17回妊娠したが12回の死産、流産、産まれた子も7才以上に成育せず、ここでスチュアート朝は断絶した。再度、後継問題が発生。スチュアート朝の血を継ぎつつも、ハノーファー選帝侯姫になっていたゾフィー(英語名ソフィア)というプロテスタントが後継者に推されていた。ところがアン女王の死ぬ前にソフィアが死んだため、その長男ゲオルグ・ルートヴィヒが英国王に迎えられ、グレイトブリテン(イングランド・スコットランド連合王国の名称)国王ジョージ1世として即位した(1714年)。これがハノーファー朝の開始。そういうわけで、ジョージ1世はハノーファー(英語ではハノーヴァー)選帝侯も兼ねていたわけです。

第1次大戦の時にドイツが敵になったので、ジョージ5世(最近死んだエリザベス2世の祖父)はハノーファー選帝侯の地位を手放し、それを機にウィンザー朝を名乗るようになった、という長いお話しですみませんでした。

―勉強になりました。あの~歴史の話から『エンパイア~』に戻りますけど。先生が思うに、ヒラリーを双極性障害に設定したことは、どの辺を描きたかったからですかね

ちょっとびっくりするけど。映画の中ですごく自然に、あ、そうだったのかって、 観る者が共感するというか、なるほどって思うんだけど、しかし二重構造になってるんだ。 病気だったのか!と思いながら、一方では、彼女の言い分が正しいっていう共感もしてるわけで。僕らはその偏見っていうのと「これが世の中だから」っていうパブリックの正しさっていうのを同時に考えながら、映画を観てる。もっと先まで言わせてもらうと、「狂気の人」というのは「正義を言う人」でもある。

―彼女の正しさがわかっているから腹立たしいけど、世間の対応に対しては「そうなるよね~」って、複雑な気持ちになります。

病気かパブリックの正しさか、どちらかひとつになっちゃうと、ちょっと違和感が出ちゃう。その辺がうまくつくってある。若い黒人の青年だってね、大学に行けるというハッピーエンドはすごく唐突に現れるでしょ。

―そうなんですよね。いきなりヒラリーの前からいなくなるから、ヒラリー大丈夫なのか?と見ていると不安になる

あれってディケンズとか『ジェーン・エア』(シャーロット・ブロンテ)とかに出てくる、大金を手にしておしまいになったり、知らない金持ちの親戚の遺産が転がり込むっていうハッピーエンド。

―いきなり最後にお金持ちになりました、とか、実は王子様でした、とかいいとこの子だったって話ですね。『大いなる遺産』とか『オリバー・ツイスト』ですか。

うん、あれなんかもそうだね。遺産が転がり込んで。

―最後、彼は遠くに行くけど、ヒラリーは割と落ち着いてるんですよね。別れがつらくてまた病んでしまいそうなのに。あれは癒されてっていうか治っていってるんですかね。

うーん、あの時、暴徒によって一度、殺されたように運命が切り替わる。運ばれた病院にいたアフリカンのナースが、彼のお母さんっていうのも。同じ病院には彼の元恋人のアフリカ系の女の子もいて、小さな町だろうし、あってもおかしくはないと観客は感じるけど、青年が一度危篤状態になったことで、ヒラリーは色々気持ちが変わる。

―病院の看護師が知り合いなのも、小さい街だから働ける所も少ないし、あるあるなのかなと。大きい街なら、ないわ~って感じだけど、狭い街は世間も狭いんだなと受け入れられました。

イギリス人が見てても、同じような気分で見られるんじゃないかね。

― 90年代、ロンドンに一度行ったんですが、イメージと違って、移民の人が多いのに驚きました。

多いよね。

― ロンドンのリージェントストリート(ビジネス街)で、ボーッとディスプレイ見てたら、数人の少年にカメラを盗まれて、その内の一人を自分で捕まえたんです。そうしたら結構な数の通行人が集まってきたんですけど、それが全員有色人種の方で。彼らが警察を呼んでくれて、盗んだ仲間の少年と私は別々の警察車両で警察へ行った。そこで親切に対応してくれた警官もブラックの人。その後、犯人の少年たちはギリシャの移民ということもわかって。アングロサクソンの人なんてほぼ触れ合わずでした。行ってみないとわかんないもんだと実感しました。

保険は出なかったの?

―少し下りましたけどね。仕事の写真が入ってると思って必死でした。

そういえば 80年代くらいまでは、映画館は高級感もあったよね。名前にエンパイアってついちゃうくらいで。なんか今、映画館にエンパイアっていう感じしないだろ。

―ないですね。今までは名画座に名残があったけど、その館もなくなりました。インテリアの流れも変わりましたし。

〈つづく〉