日々の小さな会話-その4

「イライラの正体」

 

〔会話〕

「6月22日から今日まで病院を休んじゃいました。今、最低の気分です。4月はじめから5月一杯と、6月20日まではシフト(病院の看護婦勤務割り当て)」どおりに働けました。その透析病院には100人ほどの患者様がいらっしゃいますが、顔とか体調とか、だいたいわかるようになっていました」

「じゃ、辞めないほうがいいよね。6月22日の前の21日は日曜日だよね、何があったの?」

「日曜日の午後からイライラして落ち着かなくて、掃除以外のことができなくなって・・・その晩眠れないというか、眠るどころじゃない気分になってしまって、翌日の月曜から今日(水曜日)まで体調が悪いと言って休みました。明日以後のことは、先生と話してから決めようと思って・・・」

「先週の土曜から日曜の朝にかけて何かあったんだね ?」

「土曜に妹からラインが届いて、兄の誕生日に実家に帰ったという内容で、写真が付いていて兄が好きな抹茶アイスクリームが映ってたり、兄のパソコンが背景に映ってたりして嫌な気がして・・・それで母に電話したんです、兄さん来てるの? って」

「あれ? 来てるよね、大分前から・・・知らなかった?」

「知りませんよ、もうずいぶん前から帰ってないし。母も“帰ってるわよ”って当たり前のように言うんです。以前家に居た時、顔を殴られて頬骨が折れました。その時も母は医師の前で“ただの同胞(きょうだい)げんか”」みたいな言いかたをしたんです」

「そうですか・・・それであなた怒っていたんですね。怒っているのに、それを名付けないからイライラ感と言った。そして脱力して病院(つとめ先)を休むと電話した」

「同僚のナースたちは50代以上の人が多くて、私が取り乱してもやさしくサポートしてくださって、まるで理想のお母さまのようで・・・」

 

〔解説〕

健康な成人(筆者の定義では16歳以上の男女)のすること、感じることにはすべて意味がある。ここで意味があるとは「その人にとって感じるべき、考えるべき、行動すべき意味がある」ということを指している。この若い女性は日曜日の朝からイライラし、折角の休みでいつもなら本職(にしたい)のイラストを描くのに熱中するのに、ただひたすらアパ-トの室内を掃除して過ごし、夜は眠れずに月曜の朝を迎え、寂しく、せつない気分の中で「50歳代以上の女性たち」で構成される「同僚」の声が聞きたくなった。出勤すれば会えるのだから身支度を整えて職場へ向かえばいのにと思われるかも知れないが、それではダメなのだ。その代わりに彼女がしたのは、母親のように優しい年上の同僚の誰かに電話して、具合が悪い、眠れない、体調が悪いので休みたい、と伝えることだった。

そうすることによって、彼女は大いに心配され、慰められ、充分に休むように、シフトのことは心配しないでね、と言われた。筆者が「そうではないか ?」と訊くと、彼女は「甘えたくなっちゃいました」と応えた。

怒り(いかり)という言葉は大きく二つに分けられる。英語のアンガ-(anger)に対応する一連の憤怒、激怒系(fury、rage など)の場合には乳児が母乳を求めるのに似た渇望ないし欲求不満の怒りだから、他者との関係を求めている。だから、その主体が何を欲しているかを知れば良い。言語世界に入っている者が相手なら言葉を使って訊く。言葉が使えない者なら目の動き、動作、身体の様子など、「森羅万象」から推測することで発信者の怒りをなだめるしかない。原始宗教における犠牲などは、こうした推測の結果、神(かみ)や上(かみ)や天という主体の意向を推測して行ったものだろう。

もうひとつ、怒りに似た陰性の感情として大切なのは憎しみ・恨み・ヘイト系(hate、resentment など)で、これは相手を滅ぼして、関係を絶とうとする感情だから、怒りから区別する必要がある。が、この二つを区分は決して容易ではない。絶望しつつ、なお怒り続けたり、怒りを表現しながら、既に深い諦念のうちにあると感じる場合もある。怒りの表現も言葉だけでは掴めない。多くは脱身体化に失敗していて、絶望は身体的苦痛や筋肉・間接硬直ないし皮膚症状として現れたり、免疫機能の低下として表現されるかも知れない。

母乳を渇望し、怒りの音(鳴き声)を表現しつづけ、報われずに絶望した哺乳類や鳥類の幼体はそのうち黙ってしまう。いわゆる「絶望の沈黙」で、これが蓄積すると恨みになるから、生き残りは更に困難になるであろう。万一、ある種の奇跡が発生して成体に達したとしても、仲間からの孤立が予測され、生の持続は危ういだろう。

幸か不幸か、ヒト以外の哺乳類等では、この「奇跡」は殆ど起こらない。しかしヒト種の中ではかなり頻繁に発生する。特に第2次大戦後、一部(というよりアフリカ大陸の一部以外の全地域)で、乳児死亡率が極端に下がっているから。

生きてはいるが未来に絶望している人が、どのように生き残り続けるか、と考えると恐ろしい。その人々と接する機会が多い職種のひとつは間違いなく精神科医だと思うので、日々やって来る人々にも上記の可能性を念頭に置きつつ接している。

上に挙げた会話の主体は既述のとおり、20歳代前半の若い女性で、兄からの暴力の他に父からの性的侵入という外傷体験が幼児期・児童期から前成人期まで長期間にわたって続いた人。しかし筆者が驚くほど健康で、ある程度の柔軟性も身につけている。こうした感情面、思考面の耐性をどうやって獲得してきたのかの詳細は知らない。私にわかるのは、母親が娘とほぼ同時期に私の治療を受けるようになったこと、それに続いて加害者にあたる父親も定期的にお見えになっていることの効果である。父と母は彼らなりの仕方で別居中だが、長女にあたるこの女性に対して不器用ながらも変わらない関心を持ち続けている。

今回取り上げた会話は、自分の感情に気づきつつも、それに名を付けることが出来なかった女性が、自分なりの方法で既に(前意識的に)問題を解決しながら、筆者にその確認を求めにやって来た。この姿勢に、この人の賢さと柔軟さ、そして健康性を感じる。