自分から出しちゃいます!

今回のブログは、「私の恥」の部分に触れるものです。出自は慶應義塾大学の同窓会誌『三田評論』(1996年6月号)というから、今から24年前、四半世紀も前の記事です。

私のことを書いてくれているのは、5~6年先輩の八木剛平先生です。

私は慶應義塾大学医学部の精神分析学研究室に入る前、精神薬理学研究室にいて、そこで八木さんとは親しくなったと思います。結局、小此木先生の精神分析学研究室からも離れて一匹狼で過ごしたのですが。

この文章が『三田評論』に出た1996年というのは、私が慶應からも東京都からも離れて「さいとうクリニック」を立ち上げた翌年でした。

その前年、何かの講演会で慶應の文学部・社会学部の教授と顔合わせして、塾の社会学部講師ということで三田のキャンパスで「家族病理」に関する通年講義を開いたりしていたのですが、その教授がたまたま三田評論の編集幹部で、この記事が載ったようです。

今回、新型コロナ騒動で長い休みを取り、自宅の書斎を大掃除していてこれを見つけました。今読むと「けっこう痛い」ことが書いてあるのですが、いずれ誰かに見つかって世に出てしまうこともあり得るので、この際自分から出してしまおうと思います。

読み直してみると我ながら自己中心のアホ丸出しで恥ずかしいです。少なくとも「徳高い人」を気取っててもムリですね。

 

「塾員 WHO’S WHO」『三田評論』(1996年6月号)より

家族機能研究所〈斎藤学君〉「既製の医学に訣別して我が道を往く」

八木剛平(慶応義塾大学医学部助教授)

去年の暮に娘が、地元の公民館で開く講演会に斎藤学先生を講師に呼びたいのだが、何しろ有名な人なので無理とは思うが一応聞いてみてくれないかと言って来た。電話をしたらその場で引き受けてくれて、親としては大いに面目を施したわけだが、湘南の地にまでその名が浸透しているとは思わなかった。

斎藤学君は1941年東京の生れ。1967年医学部の出身である。今は知らないが、昔の友人・知人は「ガクちゃん」と呼んで、なかば親しみ、なかば恐れていた。私がこの原稿を引き受けたのは、昔どういうきっかけか、一緒に酒を飲んで終電に乗り遅れるたびに高輪のマンションに泊めてもらって、奥さんに朝飯を喰わせてもらった音があるからである。ただ最近は会う機会がないので、この紹介はすべて記憶と想像の産物である。

まずこの人には珍談・奇説が多い。1974年に私が欧州を団体で旅行した時、彼はフランス政府給費生として奥さんとパリに住んでいて、私達に合流した。リヨンの有名レストランへ夕食に行く特急の食堂車で昼飯を喰い過ぎ、目的の夕食が終わった時には立てなくなって、帰りの車に押し込むのに苦労した。ハンブルグでは行方不明になり、翌日デンマーク行きフェリーの出発寸前に、発着所の鉄道の上を「待ってくれぇ」と日本語で叫びながら走って来た姿は今でも忘れられない。帰国してからは高価な毛皮のコートを着ていたが、ある家で酔っぱらった末に、敷物の毛皮を引きずって帰ろうとしてそこの主人をあわてさせた話が伝わっている。

彼が恐れられていた理由のひとつは、伝説的なケンカを私的・公的にいくつもやったためかも知れない(江戸っ子である)。私は目撃していないので紹介できないが、彼には繊細で傷つきやすいところがある。これまでともかく無事に生きてこられたのは奥さんのお蔭である。

また彼には、普通の医者が尻込みするような患者を好んで診る癖があり、慶応病院の助手時代には、それまで見たこともなかったような人達が外来に現れては、受付嬢や看護婦や医師達をふるえあがらせたと聞く。私の勤務先の病院には非常勤で来ていて、何年も病室の隅にうずくまっていた無言・無動の分裂病患者を医局に呼んで、コーヒーを飲ませたりしながら、この患者が実は異星人として豊かな精神生活を送っているのを探り出してきたのには驚いた。そのうち大学の医局から、そちらの病院の患者の名前が入ったタバコの箱がこちらにたまって困っている、という苦情が来て、彼が入院患者のタバコを喫っていたのが判明して二度びっくりした。

日常は脱線が多いようにみえるが、これほど自分の仕事を一貫して発展させて来た人は少ない。国立久里浜病院時代には百数十例(学註:ホントは724例)のアルコール依存症と断酒会に深く永く関わり、その成果によって学界に登場した(例によって反発も強かったらしいが)。都立の精神医学研究所に移ってからは、新宿地下街の浮浪者に声をかけたり、拒食・過食の問題にとりくみながら、社会から逸脱した人々の心理の中に社会の病理を読みとった。しかも彼らを癒すには、これまでの医療がほとんど無力であることを早くから見抜いていて、一方では自助グループの育成に力を注ぎ、他方では著作を通じて現代社会に潜む病理を解いてみせるようになった。社会の最小単位である家族や児童・女性問題を論じた最近の著書、昨年の「家族機能研究所」の創設は、長年の思索と実行の開花である・

多くの読者と聴衆を獲得した彼の仕事の軌跡は「アルコール依存症」(有斐閣)、「明るく拒食・元気に過食」(平凡社)、「児童虐待」(金剛出版)、「魂の家族を求めて」(日本評論社)などの中にたどることができる。日本嗜癖行動学会理事長、日本アルコール医学会理事、日本家族研究・家族療法学会評議員などの肩書はいかめしいが、産みの苦しみと喜びに貫かれた彼の創造的な活動は、既製の組織や施設に安住している学者や医者に対する痛烈な批判なのである。